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東京にある女性のためのDV相談や支援相談。ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)・被害を受けた女性と子どもの支援活動をしています。

DVとは

8. 生存本能だ!

何年か前夕立で取り込んでおいた私のTシャツを見て、娘が「ムカつくから他のところにかけてよ~」と言ってきた。なんでもそのTシャツは、昨年娘と保育ボランティアに行ったとき、赤ちゃんを抱いていた時に着ていたものだということで、そのときのことを思い出すといまでも「私のお母さんなのに~」と言う気持になるから、見たくないと言うことらしい。

私が覚えているのは、夢中でゲームで遊んでいた娘の姿で、お姉さんになったんだなと関心していたが、やっぱり心穏やかではなかったらしい。

私は物心ついた頃から母に「お前はヤキモチ妬きだ」と言われて育った。その言葉がすごく嫌だった。どう考えても自分はヤキモチを妬いた覚えがないのに、母に何かを要求するとその内容に関係なくすべてヤキモチにされてしまった。

少し大きくなると、私から見たら母のほうがよほどヤキモチを妬いているように見え、その母に身に覚えもないのに「ヤキモチ妬き」と言われるたびにとても理不尽で、どす黒い怒りが心に渦巻いて吐きそうなくらい気分が悪かった。 いつしか私は

「ヤキモチは醜い、私はヤキモチなど妬かない」
「ヤキモチは醜い、私はヤキモチなど妬かない」

と念仏のように唱えるようになっていった。

それでも現実には嫉妬の感情は確かに私の中に存在する。人には嘘をつけても、自分の心の中からそれがなくなるわけではない。自分の心の中に嫉妬の感情が湧き出てくるたびに「これはヤキモチじゃない、Aさんがいじわるだから」「これはヤキモチじゃない、Bさんが無神経だから」そんなふうに考えるようになって、他人に腹が立ってしょうがない子どもになっていった。

それでも100パーセント他人のせいにすることはできず、自分に嘘をつくことがすごく苦しかった。 そんな毎日をおくっていたある日、手乗りインコの雛を2羽育てている時だった。どうしてもどちらか食が細い雛がいるもので、2羽で食べさせたあと1羽を足元のボール箱の中に寝かせ、食の細い1羽に餌を食べさせていてとふと足元を見ると私のつま先立ちしていたかかとの下に、ボール箱に寝かせたはずのもう1羽が眠っているではないか。

餌をもらっているもう1羽の声を聞き、ヨタヨタの雛が乗り越えるには、かなり高い箱のふちを乗り越え、ヨチヨチ歩いて私の匂いがするところに来て眠っていたのだ。

そう思った時、私の心になにかがドンと投げ込まれたような衝撃と、固まっていたものが崩れていくような感覚が走り瞳から涙があふれた。こんな小さな頭の中のほんの小さな脳みそしかないのに、一人だけ仲間はずれでヤキモチ?

「ゴメンね」私はその雛を自分の懐に入れてから、もう1羽にまた餌を与えながら頭は猛烈な速さで回転し始めていた。母ならこれをヤキモチって言うんだろうな、でもどこかで餌をもらっている仲間の声がしたら、その場によって行くのは厳しい自然界で生き残るために必要な能力だったんだ。遠慮なんかしてたら飢え死にしちゃう。

ああ、あって当然の感情でただ言葉を持った人間が、それを嫉妬と名づけたに過ぎないんだ。使い方さえ間違えなければ恥ずかしい感情なんかじゃないんだ。 抑圧した嫉妬は、その感情を抱かせた相手への攻撃に変わるらしい、その日から誰かにムカムカしたら自分はその相手に嫉妬してる?と自問自答が始まった。

長年抑圧してきた感情を認めるのは大変な作業だけれど、何年かして、ああ私あの人に嫉妬してるんだと認められるようになると、相手に対する攻撃を自分でコントロールできるようになる。陰口の変わりに「羨ましいな」と言う言葉を獲得し、そんなに羨ましいなら自分もできるように努力しようと言う行動につながっていった。

娘がはじめてやきもちを焼いたのは、2歳くらいで保育園の友達だった。ママバックについているマスコットに、友達がさわった時に怒って相手の子をおしのけた。

『これは生存本能だ!!』

私は二人の間に入って相手の子に「ごめんね。これはNちゃんのなんだ。返してね」とおだやかに言った。

ある昼下がり、公園で「ニャー」と私に挨拶してきた猫をなでていたら、娘がムッとした顔でスタスタ行ってしまった。追いかけていくと「私今、猫にヤキモチ妬いちゃったよ」とすねている。思わず笑いながら娘の頭をなでてあげると、満足そうに満面に笑みを浮かべもたれかかってきた。 感情はただそこにあるだけ、その感情に善も悪もない。

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