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東京にある女性のためのDV相談や支援相談。ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)・被害を受けた女性と子どもの支援活動をしています。

DVとは

2. 傘

私たちは、N市の11階建て公団住宅の10階に住んでいる その日は、朝から曇り空で、団地のバス停についたとき空気の中にかすかに霧雨がまじっていた。バスは出たばかりで、次のバスまで10分くらい時間があいている。傘を持たずに出てきたので、娘に取りに行ってもらえるかたずねると、二つ返事でOKしてくれた。

「10分しか時間がないから、バスに間に合うように玄関にある子どもの傘1本だけ取ってすぐに帰ってくるんだよ。急いでね!」と説明して送り出した。  その日はどうしても遅れられない約束があり、次のバスにはどうしても乗りたかった。団地のバス停から家までは大人なら5分もあれば傘を取ってこられる。じゅうぶん間に合うだろうと思って待っていたが、待てど暮らせど帰って来ない、ふと時計を見るともう後3分くらいで次のバスが出てしまう。

広場からは私たちが住んでいる棟の出入り口がよく見える、路線バスの終点なので車庫から出て行くバスのエンジン音が聞こえた時にようやくおっとりと出て来る娘が見えた。右手に私の傘、左手に自分の傘とレインコートの入った袋を持って、よりによって砂場の縁にのりバランスをとりながら渡って来るではないか!

「Nちゃん!なにやってるの!急いで!」思わず怒鳴ってしまった。やっと戻ってきた子どもの手を引いて、振り返って走り出した私たちの目の前をバスは無情にも走り去っていった。今日は日曜、次のバスは15分後だ……

「どうして余分なもの持ってきたの、傘は1本でいいから後のものは戻してらっしゃい!」
「おかあさんの言ったことなに聞いてたの!」
「時間ないんだから早く行ってこい!」

広場中に響くような声で怒鳴りつけてしまった。その迫力にいつもなら屁理屈の一つも言う娘が、凍りいついたような眼をしておろおろと走り去った。 その姿が見えなくなった後、何とか次のバスでも約束に送れずに済みそうだとわかり怒りが急におさまり、走り去っていった娘のことを考えた。

ちょっと言いすぎたかな…でもなんで余計な事をしたのかな?頼んだ事を理解できなかった訳じゃないはずだし、なんでと思った時、砂場の縁を歩いていた時の娘の楽しそうな独特の表情が脳裏によみがえってきた。

ドクン!自分の心臓が大きく脈打ったような衝撃が走り、自分がとんでもない事をしてしまったことに気づいてしまった。あの顔は、絶対に誉めてもらえると思ってわくわくしていた顔だ!今年小学校に入学する娘は、最近気を利かせることを覚え始めた。たいていそれは巧をそうしていて私も助かっていた。きっと気を利かせたのだ。

今日は遅れられないと伝えてあったから、自分が失敗してしまった事は怒らなくても分っていただろう。どんな気持ちで一人、10階まで傘とレインコートを持って行ったんだろう。きっとなにが悪かったのか混乱している。自分がバカなんだと思っているかもしれない。本当に胸が締め付けられるようだ。

つい最近まで自分のこの苦しさは、自分の母と同じことをしてしまった罪悪感や、自己嫌悪だと思っていた。でも今はこの苦しさの8割ぐらいが、自分が子どもの時に感じていた辛さを追体験しているのだと気がついた。私が子どもの頃、何度も同じようなことがあった。

3つ違いの兄と比べられて、女の子なのに気が利かないと怒られて、今度こそと気を利かせたのに裏目に出て、余計な事をして!と怒られた。私はどんどん自信と判断力を失い、いつもなにかをする時ビクビクするようになった。私はこんな苦しみを、誰にも言えず一人で小さな心に溜め込んでいたんだ。その苦しみは形を変えて成人後何年も私に付きまとっていた。その原点がこんなところにあったのか…

自分が娘に頼んだ言葉を思い出す。10分しかないからね…時間の概念が大人とは違うのだ!最近ずいぶん生意気な事も言うし、難しい言葉の意味も理解して使っていたから、さっきの言い方で充分だと思っていた。

あまり赤ちゃん扱いしてくどくど言えば、反発してくるようになったのでシンプルに説明するように心がけてもいた。幼児と児童の間の子どもとのコミュニケーションは難しい!半分は私のミスだ。早く娘を抱きしめてあげたい。今度は走りながら出てくる姿が見えた、でも道路を渡る時はちゃんと止まって安全確認している。私と約束しているからだ。そう彼女は律儀な奴なんだった。

そんな姿を見ていたら涙があふれそうになった。思わず手を上げおいでおいでをすると、怒っていると思ったのか顔が引きつった。だから両手を大きく広げてにっこり笑って早くおいでと声をかけたら、もう顔がくしゃくしゃになって泣きながら飛び込んできた。

ギュッと抱きしめて「おかあさんが誉めてくれると思って持ってきたんだよね」と声をかけた。「でも10分しかないっていったでしょう」「10分ってどれくらいかわかんなかったんだ」と娘。「だったら、おかあさんが言ったとおり、傘を1本だけ持ってくれば良かったんだよネ」

「自分で考えて何かをやれる事も大事だけれど、人に頼まれたとおりにきちんとやる事も同じくらい大事なんだよ。どっちが良いかはその時その時で違ってくるから、だから難しいの大人だってすごく考えても失敗する事があるんだから」 ちょうど次のバスが来た、席につくとまだベソをかきながら膝に乗ってきた。「怒られたのが辛かった」と泣いている。

「大人でも難しい事だから、失敗してもいいんだよ。でも怒られる時もあるよ、だからふくれたりすねたりしないで、間違えちゃいましたってきちんと誤れれば、ほとんどの人は許してくれると思うよ。大事なのは失敗したあとだから、ちゃんと戻しに行けたからえらかったよね」。バスが駅に着いたときにはもう涙は乾いていた。

PS 約束の時間には間に合いました(^0^)

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